捨てる/自分の「おねショタ」のルーツ?

ここでは、「捨てる/自分の「おねショタ」のルーツ?」 に関する記事を紹介しています。
少し前に読んだ羽生善治先生の本に、こんなことが書かれていた。

「管理責任を持てないモノについては所有しない方が良い」
「適切な所有」
「かなり意識的に手放していかないといけないだろう」

情報に埋もれ易い現代において、捨てることの重要性を述べたものだ。


私には収集癖がある。
単にコレクション目的の場合もあるが、落書きしたりサイト運営する上で参考になる資料は、可能な限り集めないと気が済まない神経質さ故の場合が多い。

しかし物に執着すると、ロクなことがない。不愉快になることが実にある。
かつては大量の本、大量のCD、大量のゲームなど、大量の物に囲まれた生活を進んでいたが、そんなだから次第に手元に残すのは、本当に好きなモノ、必要なモノだけで良いと思うようになってきた。
参考資料集めを止めるのは性格上難しいが、コレクション目的のに関しては、本当に欲しいモノか考えて、我慢することが一昔前よりは随分増えたハズだ。


そんな具合な時に羽生先生の本を読んで、羽生先生が言うならってんで、何か不必要なものを「意識的に」捨てることにした。で、始めに思いついたのが、「ビデオテープ」だった。

主に学生時代に録画しまくり、観まくったアニメの山。
思い出深いが、時代はDVDを通り抜け、今やBlu-ray。捨てる決断をした。

①ケースから出す
②5本のネジを抜く
③テープを切る
④金具を外す
⑤ラベルを黒の油性ペンで塗り潰す
⑥ゴミ袋に分け捨てる

延々黙々とこの工程を続け、一まず何十本かの、「かつてビデオテープだったモノ」をこしらえた。
音楽を聴きながら、『Cowboy Bebop』のビデオデッキを探す回を思い出しながら。処分したテープの中には、その『Cowboy Bebop』も交じっていた。


さて、処分したテープの中に、『銀河漂流バイファム』があった。80年代ロボットアニメの一つだ。
このアニメを考える時、一番始めに出てくるのは「バーツは実にイイ奴。彼みたいな友達が欲しい」だが、今回それは置いといて。

自分の落書きを観返したくないが観返すと、「おねショタ」シチュのものが少し目立つ。
「おねショタ」という単語は、多分Pixivで知った。自分の投稿した落書きに、誰かがタグで付けてくれて、それで知ったのだ。

この『バイファム』には、思い返せばその「おねショタ」シチュがあった。

ロディ(14歳)とケイト(26歳)。

ここを思い返したことはあまりないが、もしかしたら無意識に自分の落書きに影響を及ぼしていたのかも・・・?
そんなことを思いながら、テープを切った。


追記

同じく処分したテープ『(1st)ガンダム』、『Zガンダム』、『ガンダムZZ』、『マクロス』にも、「おねショタ」シチュがあることに気が付いた。カミーユと一条輝は少し年齢が高いから、「青少年と年上の女」と言うことにしよう。
中でも『ZZ』におけるジュドーとハマーンの組み合わせは、エラく好きだったじゃないか。

更に『ボトムズ』、『ダンバイン』は、「青少年と年上の女」ではないが、「青少年と大人の雰囲気の(母性の強い?)女」という、似たようなシチュがある。

少し思い出してもこれだけ例を挙げられるということは・・・
無意識でもこれらの作品の影響が下地にあると考えて良さそうだな。
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